最近ホルモンにハマり週に数回ホルモンを食べている、どうもカニバリストです。
すべては↓のせい。
皆さんは「行け!稲中卓球部」というマンガをご存知だろうか?
以前ヤンマガに掲載されていた古谷実先生のギャグマンガである。
その中のあるシーン。
休日の話をしているメンバー。
前野か井沢の「昨日何をしてた?」との問いに「ラジオ聴いてた」と恥ずかしそうに答える田中。
驚きながら「じぇいうぇーぶだろ?じぇいうぇーぶだろ?」と問い詰める井沢と前野。
そこでひとこと「AM・・・」
その会話を聞いてた田辺が「AM好きなんだけどな」と心の中で思う、という読んだことのない人には一切わからないエピソードを書いたわけだが、何を書きたいかというと「ラジオ(AM)は恥ずかしいメディアなのか」ということについてである。
以前、テレビ関係者が見るブログにラジオのことを書いたことがあって、食いついてくれた人がいたんだけど、その人の文面がなんか恥ずかしそうな感じ。
かくいう自分もラジオについて書くときに「いきなり『いやぁ、まむちゃんサイコーだよね?』とか『伊集院のヘヴィリスナーでさぁ』とか書いても伝わらないなぁ」とか思っちゃって、世間の持つ「ラジオを聴く人イメージ」を想定しながら当たり障りのない文章を書きました。ここでいうラジオっていうのは、すなわちAMを指すんですけど。
ラジオ好きな人は自分がラジオ好きであることを余り公言しない傾向にあると思うんだよね。
そこには「うわっ今ラジオかよ」という表情で「あぁラジオね」といわれた経験があって凹んだ事があったり、世間様から「自分がラジオ好きである」と認識されることへの不安があると思うわけです。
だから、ラジオ好きはそういうラジオへの熱い情熱を心の奥底にそっとしまいつつ、「あのファッションブランド(実際には固有名詞が出る。バンドとかでも可)がね・・・」的なことを言う友人のトークに「ハァ」と思いながらうなずく、そんな地下潜伏者的な日々を送っているわけです。
てかそんなこという人とは、そもそも友達にはなってないんだけど。
そんな日々を過ごしているときに、日常のひょんな会話の中で「こいつラジオ聴いてるかも」的な匂いを感じ取って、ちょっとしたパスを投げてみてヒットしたときの喜びようといったら、江戸時代に隠れキリシタンが仲間を見つけたときのような熱い思いがきっとあると思うわけです。
でも、先述したようにラジオというものも一枚岩ではないという現実があったりもして。
つまり、ラジオの悲しさはFMとAMの中にもなんとなく見えない壁があるところかもしれない。
少なくとも私の中には「FMなんてこ洒落たもの聴きやがって」的なことがあったりする。
でも、そういう私もFMを憎んでるわけではなくてラジオ聴取にはFMから入った人間であったりもする。
「ミュージックスクエア」とか「青春アドベンチャー」とか「テイルオブアテラ
ー」とか「WANTED!」とか好きだったし(NHKまたはラジオドラマ率高い)。
実際、FMを聴いてる若い人はある程度いるんだけど、彼らの「FM聴いてる」には隠れキリシタン性はそれほど感じないなぁ・・・。
たぶん、それは音質の関係上FMはアーティストがパーソナリティになる場合が多いからアクセスしやすいのかななんて勝手に思ってて。
別にFMが悪いわけではないんだけど。
ここまで書いた内容を以前うちの研究室の後輩に聞いたところ、「別に恥ずかしくなかったですよ」と言われましたわ。
きっとこんな隠れキリシタン的な意識があるのは私だけなのだろう。
というか私の内面性の問題ですな。
ただ、ラジオはAM・FM問わず人間の暗部を照射するメディアなんだと思います。
だから、恥ずかしい。
ご存知のようにラジオは見ることをもがれたメディアなので、情報量では絶対テレビに負ける。
だから、声・内容によってのみ人に届けなくてはならない。
そのために人を「ひきつけるフック」を音と聴く人の内面に求めねばいけないのだろう。
だから、心的共感を得やすいし、恥ずかしいのかななんて思ったわけです。
きっと深いコミュニケーションができるメディアなんだと。
だから大好き。
なんで、急にこんなことを書いたかというと、月曜日に配属先が決まるから悶々していたわけです。
結論としては、どこに行ってもラジオが好き!ってことが言いたかっただけです。
2009年06月13日
2009年06月02日
おもしろを考える
「時計」とかけまして、骨董屋のセールストークととく、その心は・・・お目が(オメガ)高い、どうも牛です。
果たして聴いていたひとはいるのだろうか。
ある人のブログで前のエントリーが取り上げられていたので考えたことを。勇敢さなんかなくて書きたいことを書いただけなんです。基本的に激烈なつもりはなかったんだけど、後で見ると相手を不快にさせる内容だなとは思ったんですよね。基本怒りのベクトルで一気に書ききってしまうんだけど、後で後悔するというのがいつものパターン。じゃあアップしなきゃいいって話なんだけど、そこはマスコミにいくほど自己顕示欲が強いので無理なわけですよ。
今日人事との面談で、これからの身の振り方を考えさせられたました。同期入社の相棒は天然なのか作りなのか、大阪出身だからなのかすげぇ面白い。てかそういう固定観念もどうだろう。大阪生まれでってつまんないやつ山ほどいるぞ。きっと。というか関西的に自分は面白いと思ってるやつは嫌いだなと最近テレビを見ていて思ったりする。閑話休題。同じ制作志望だけど彼と私の面白さについての能力は雲泥の差。今日、彼は日誌で毎日一言コラムを書いていたことも判明。もー落ち込みまくりですよ。2ヶ月の研修でさらに差は開いてしまった感じ。会社に文句言うことしかしてなかったもん。ただ、彼と同じ土俵で勝負してちゃ絶対面白いとおもっちゃあもらえない。つまり、お笑い的面白さじゃ彼に負ける。じゃあどうやったら面白いと思ってもらえるのか。
自分の場合、怒りのベクトルはすなわち愛なんだと牛奥さんの指摘でわかったわけです。また、私は基本面白いものを面白いと思うこともそのことに対する愛があるからだと考えるわけです。私にとって怒りのものをおもしろに昇華させることもできるんじゃないかと。次に自分にとって落としどころとなるのはどこかっていうのが課題。自分にとっての落としどころは中学校のころにインスパイアされた椎名誠ベクトルの万人に受けるおもしろか、ナンシー関ベクトルの万人に受けないけど辛辣系おもしろかなぁ思うわけです。自分の性格的に考えると間違いなく後者なんですが、やはりナンシー関はあらゆる模倣を黙らせるほど唯一無二。そして、ナンシー的辛辣さは自分の問題点と紙一重。落としどころはどこなのか。模索する日々が続くわけです。誰かおもしろについて教えてください。
そして、今日一番の問題はこういう文章を書くことじたいがすでにおもしろから逸脱していること。
また、落ち込むわけです。
腹が立ったので、ちんこうんうん。
果たして聴いていたひとはいるのだろうか。
ある人のブログで前のエントリーが取り上げられていたので考えたことを。勇敢さなんかなくて書きたいことを書いただけなんです。基本的に激烈なつもりはなかったんだけど、後で見ると相手を不快にさせる内容だなとは思ったんですよね。基本怒りのベクトルで一気に書ききってしまうんだけど、後で後悔するというのがいつものパターン。じゃあアップしなきゃいいって話なんだけど、そこはマスコミにいくほど自己顕示欲が強いので無理なわけですよ。
今日人事との面談で、これからの身の振り方を考えさせられたました。同期入社の相棒は天然なのか作りなのか、大阪出身だからなのかすげぇ面白い。てかそういう固定観念もどうだろう。大阪生まれでってつまんないやつ山ほどいるぞ。きっと。というか関西的に自分は面白いと思ってるやつは嫌いだなと最近テレビを見ていて思ったりする。閑話休題。同じ制作志望だけど彼と私の面白さについての能力は雲泥の差。今日、彼は日誌で毎日一言コラムを書いていたことも判明。もー落ち込みまくりですよ。2ヶ月の研修でさらに差は開いてしまった感じ。会社に文句言うことしかしてなかったもん。ただ、彼と同じ土俵で勝負してちゃ絶対面白いとおもっちゃあもらえない。つまり、お笑い的面白さじゃ彼に負ける。じゃあどうやったら面白いと思ってもらえるのか。
自分の場合、怒りのベクトルはすなわち愛なんだと牛奥さんの指摘でわかったわけです。また、私は基本面白いものを面白いと思うこともそのことに対する愛があるからだと考えるわけです。私にとって怒りのものをおもしろに昇華させることもできるんじゃないかと。次に自分にとって落としどころとなるのはどこかっていうのが課題。自分にとっての落としどころは中学校のころにインスパイアされた椎名誠ベクトルの万人に受けるおもしろか、ナンシー関ベクトルの万人に受けないけど辛辣系おもしろかなぁ思うわけです。自分の性格的に考えると間違いなく後者なんですが、やはりナンシー関はあらゆる模倣を黙らせるほど唯一無二。そして、ナンシー的辛辣さは自分の問題点と紙一重。落としどころはどこなのか。模索する日々が続くわけです。誰かおもしろについて教えてください。
そして、今日一番の問題はこういう文章を書くことじたいがすでにおもしろから逸脱していること。
また、落ち込むわけです。
腹が立ったので、ちんこうんうん。
2009年06月01日
うんこを食べた日
劇団ピンク校舎「夢の中に君がいる」
作・演出 島田薫 @ 目白アイピット
http://pinkkousha.com/default.aspx
私は基本的にクリエイティブにかかわる人には敬意を払う。
かつて私はクリエイティブの側に行きたいと願い、挫折した。
だからこそ、クリエイティブを持つものに対しては畏敬の念すらある。
だから、それなりのものにはきちんと評価したいし、つまらないものは心の中にしまいたいと思ってきた。
劇評・書評はけなすものが多い気がして、創れないものがすることにおこがましさを感じたものだ。
でも、今日から少しこのルールを変える。
「面白くないものにはきちんと面白くないと言う」というルールを付け加える。
それをうやむやにして制作者に伝えないことほど失礼なものはないという生まれながらにしてのKY精神が私にそうさせる。
井筒監督ではないが、こちとら自腹じゃ精神である。
それに、金を払ったのだから一言ぐらい文句を言ったっていいではないか。
金ですべてを正論化できるわけではないが、時間をはじめとする機会損失を考えると言わずにはおれない。
でも、基本は批判しない方向で。
よっぽどひどくないかぎりは。
というわけで、本ブログの記念すべきリニューアル第一弾はこの作品である。
はっきりいって笑うぐらいひどいのだ。
今回この舞台を見るきっかけになった方は以前u-you.companyを紹介していただいた方なので今回も期待していたのだけれど、ビラのデザインとタイトルを見て不安になる。
そして、その不安的中。
それも1頭しか走らない競馬レースの1着を当てるぐらいの倍率で。
ロビーには有名俳優や事務所関係者から送られた花束と熨斗紙の山。
花束はともかく熨斗紙張るって、田舎のラーメン屋がタレントのサインにラップまいて張ってるのと変わんないんですけど・・・。
七光りないと芝居できないんか。
会場にはギョーカイジン風情がいっぱい。
なんか最近いっぱい会うぞギョーカイ人。
略してギョ人。
基本的に私が面白いと感じるかどうかは上演中時計を見るかどうかの有無で決まる。
今回・・・10分(笑)
あとの2時間はただ苦行。
制作者へのリスペクトを考えるとアレだが、立ち去りたくてしょうがない。
でも、席は最前列。
もう生き地獄。
根本的につまらなすぎて、それが逆に面白くなって何が面白くないかを徹底的に分析する有意義な時間。
そして、それをアンケートに書きまくる性格の悪さ。
具体的に何が悪いのか・・・
1. 制作者は舞台の人ではなく東映のドラマの人らしく、基本的な舞台の作り方ができてない。例えば、無駄な人の出が多いとか、BGMが入りまくるとか。前者であれば、舞台を一連の流れとするならば人の出入りには何らかの意図が必要だと思う(当然意図的に出入りを多くするという手段もあるけど)のだが、意図性はゼロ。意図がない出入りは観客の集中力をそぐだけだと感じるのだが・・・。後者もほぼ同じで音が常にかかってて集中力をそぐ。基本的に役者を信用していないように感じるのだ。
2. 話がチープ。もう徹底的に。笑うぐらいに。高校演劇の会津地区予選クラス。なんというか次から次へと現れる問題が5秒ぐらいで新たな設定が生まれ解決していく一連の流れに涙が止まらない。なんかケータイ小説ってこういう感じ?というほどのご都合主義。2時間ドラマなら面白くなければチャンネルを変えればすむが、それができないからもう苦行。これプロ?
3. あと、登場人物多すぎ。だってキャパ100ないような劇場で幅も奥行きも狭いなかで登場人物15人て!!!1割以上登場人物かよ!狭いよ舞台。熱気がありすぎて狭く感じるのではない。具体的に狭いんですよ本当に。
あと最後に落ち込むのはこれで観客のすすり泣く人が増えること増えること。もう嫌になる。こういう相手に自分がいろんなものを打ち出していくかと考えると本当に落ち込む。逆に言えば、あの程度で喜べるのは幸せか。
あんな内容で喜怒哀楽が表現が出来るのはギョ人特有か。
あぁはなりたくないな。
うん、シアワセナヒトタチニカンパイ。
作・演出 島田薫 @ 目白アイピット
http://pinkkousha.com/default.aspx
私は基本的にクリエイティブにかかわる人には敬意を払う。
かつて私はクリエイティブの側に行きたいと願い、挫折した。
だからこそ、クリエイティブを持つものに対しては畏敬の念すらある。
だから、それなりのものにはきちんと評価したいし、つまらないものは心の中にしまいたいと思ってきた。
劇評・書評はけなすものが多い気がして、創れないものがすることにおこがましさを感じたものだ。
でも、今日から少しこのルールを変える。
「面白くないものにはきちんと面白くないと言う」というルールを付け加える。
それをうやむやにして制作者に伝えないことほど失礼なものはないという生まれながらにしてのKY精神が私にそうさせる。
井筒監督ではないが、こちとら自腹じゃ精神である。
それに、金を払ったのだから一言ぐらい文句を言ったっていいではないか。
金ですべてを正論化できるわけではないが、時間をはじめとする機会損失を考えると言わずにはおれない。
でも、基本は批判しない方向で。
よっぽどひどくないかぎりは。
というわけで、本ブログの記念すべきリニューアル第一弾はこの作品である。
はっきりいって笑うぐらいひどいのだ。
今回この舞台を見るきっかけになった方は以前u-you.companyを紹介していただいた方なので今回も期待していたのだけれど、ビラのデザインとタイトルを見て不安になる。
そして、その不安的中。
それも1頭しか走らない競馬レースの1着を当てるぐらいの倍率で。
ロビーには有名俳優や事務所関係者から送られた花束と熨斗紙の山。
花束はともかく熨斗紙張るって、田舎のラーメン屋がタレントのサインにラップまいて張ってるのと変わんないんですけど・・・。
七光りないと芝居できないんか。
会場にはギョーカイジン風情がいっぱい。
なんか最近いっぱい会うぞギョーカイ人。
略してギョ人。
基本的に私が面白いと感じるかどうかは上演中時計を見るかどうかの有無で決まる。
今回・・・10分(笑)
あとの2時間はただ苦行。
制作者へのリスペクトを考えるとアレだが、立ち去りたくてしょうがない。
でも、席は最前列。
もう生き地獄。
根本的につまらなすぎて、それが逆に面白くなって何が面白くないかを徹底的に分析する有意義な時間。
そして、それをアンケートに書きまくる性格の悪さ。
具体的に何が悪いのか・・・
1. 制作者は舞台の人ではなく東映のドラマの人らしく、基本的な舞台の作り方ができてない。例えば、無駄な人の出が多いとか、BGMが入りまくるとか。前者であれば、舞台を一連の流れとするならば人の出入りには何らかの意図が必要だと思う(当然意図的に出入りを多くするという手段もあるけど)のだが、意図性はゼロ。意図がない出入りは観客の集中力をそぐだけだと感じるのだが・・・。後者もほぼ同じで音が常にかかってて集中力をそぐ。基本的に役者を信用していないように感じるのだ。
2. 話がチープ。もう徹底的に。笑うぐらいに。高校演劇の会津地区予選クラス。なんというか次から次へと現れる問題が5秒ぐらいで新たな設定が生まれ解決していく一連の流れに涙が止まらない。なんかケータイ小説ってこういう感じ?というほどのご都合主義。2時間ドラマなら面白くなければチャンネルを変えればすむが、それができないからもう苦行。これプロ?
3. あと、登場人物多すぎ。だってキャパ100ないような劇場で幅も奥行きも狭いなかで登場人物15人て!!!1割以上登場人物かよ!狭いよ舞台。熱気がありすぎて狭く感じるのではない。具体的に狭いんですよ本当に。
あと最後に落ち込むのはこれで観客のすすり泣く人が増えること増えること。もう嫌になる。こういう相手に自分がいろんなものを打ち出していくかと考えると本当に落ち込む。逆に言えば、あの程度で喜べるのは幸せか。
あんな内容で喜怒哀楽が表現が出来るのはギョ人特有か。
あぁはなりたくないな。
うん、シアワセナヒトタチニカンパイ。
2009年05月31日
2009年04月01日
2009年03月13日
2009年01月30日
どうでもいいランキング1位
野村真美結婚、どうも牛です。
誰が求めてたんだこのニュース。
ただ、このニュースにおいて1番の見所は「ブログで発表」という点。
野村真美ブログやってんの!?、とこの一言に尽きる。
誰に発信してるんだ?
野村真美ファンて誰?
渡鬼ふぁん?
不思議だ。
彼女東宝芸能所属らしいね。
田中美里、長澤まさみ、沢口靖子、野村真美。
いいようもない違和感。
清楚系の中に咲く一輪のなんちゃら野村真美。
今まで生きてきたなかでこれほどまでに野村真美を意識したことがあったろうか。
いや、ない。私にここまでさせた野村真美は凄いってことか。
いや、違うだろ。
でも、ブログの過去記事とか読んじゃったし。
私みたいな人間のためにブログやってたのか。
う〜ん、深いぞ野村真美。
誰が求めてたんだこのニュース。
ただ、このニュースにおいて1番の見所は「ブログで発表」という点。
野村真美ブログやってんの!?、とこの一言に尽きる。
誰に発信してるんだ?
野村真美ファンて誰?
渡鬼ふぁん?
不思議だ。
彼女東宝芸能所属らしいね。
田中美里、長澤まさみ、沢口靖子、野村真美。
いいようもない違和感。
清楚系の中に咲く一輪のなんちゃら野村真美。
今まで生きてきたなかでこれほどまでに野村真美を意識したことがあったろうか。
いや、ない。私にここまでさせた野村真美は凄いってことか。
いや、違うだろ。
でも、ブログの過去記事とか読んじゃったし。
私みたいな人間のためにブログやってたのか。
う〜ん、深いぞ野村真美。



